第2回

 私たちの地元の横田基地から日常的に離着陸し、私たちの上空を飛び交うことになったオスプレイに関する疑問は、まずその安全性から始まります。そしてその特異な形の軍用機の登場が私たちに語りかけていることは、さらに大きくなっています。

 考えてみれば、オスプレイの実戦配備は軍事力の充実、拡大です。異論の挟む余地のない「戦争反対」なのですが、オスプレイの登場が語っていることは、確かに、正直に軍事力の拡大そのものです。今を生きる私たちにとって何よりもありがたい平和の仕組みは、一体どうなっているのでしょうか。

 思い起こすことは、日本の首都東京を含めた1都9県の航空管制が今も米軍によって行われていることです。先日、野村有信都議会議員に注意を受けましたが、私は制空権がアメリカに握られているという過激な言い方をしてしまいます。70年も経ちましたが、戦後という言葉は、アメリカとの間でも使えないと思うのは私だけなのでしょうか。

 地元でも知らない人が多いかも知れませんが、横田基地は航空自衛隊の基地にもなっています。いつの間にか横田基地では、米軍と自衛隊が同居していました。軍民共用ではなくて軍軍共用の実態です。

 しみじみと思うことは、この20年で急激に世の中の様子が変わったことです。携帯電話やパソコンなどのIT技術も、今のドローンと同じように、軍事から発生しています。軍事技術の日常生活への一般化によって、私たちは管理社会に生きることになりました。経済においても、労働は主役の座を降ろされ、資本の論理による管理社会が到来しています。私たちは果たして幸せになっているのだろうか、これからを生きる次世代は幸せな人生を送れるのだろうか、そんな疑問までがとりとめもなく広がっていきます。

 オスプレイの横田基地配備を機会として、私たちが知らないでいること、曖昧なままにしていることに少し近づいてみたいと思います。