第10回

 私ごとですが、昨年9月2日、偶然にも横田基地を飛び立ったオスプレイ2機を見ました。通常飛行になって、ローター(回転翼)は90度前に向けていました。

 関東・東北集中豪雨をもたらした秋の長雨の中、久々に見えた晴れ間の中を南に向かう銀色に輝く2機の姿は美しいものでした。それまでの想像では、輸送機であることからもっとズングリむっくりした機体で、ローターの先に翼のない通常飛行はスマートさに欠けるものでした。

 思わず同行者に告げた言葉は「かっこいいな」「きれいだな」でした。一瞬の出来事のように思えましたが、同行者も初めての出合いに見せた感激の様子は確かなものと感じられました。この連載を控えて、偶然にも私の左手に持っていたオスプレイに関する本を、その同行者に見せてしまいました。

 心中には複雑なものがありました。連載を始めようと思い立ったこの時には、危険な軍用機という情報がありました。そしてもっと基本的、絶対的なものとして、「戦争反対」があります。折りしも国会で安保法案、安全保障関連法案が審議され、マスコミ報道が盛んに行われていました。

 しかし、軍事力の拡大を象徴しながら飛んでいるオスプレイの姿を美しく、頼もしくも見た心の奥は、一体どうなっているのだろうかと思いました。

 垂直離着陸機としての画期性は、オスプレイより先に、攻撃機ハリアーが示していました。イギリスで開発されましたが、今は開発拠点をアメリカに移し、改良されたハリアーⅡはすでに300機以上が生産され実戦に使用されています。

 ハリアーが1人乗りの攻撃機なのに対して、オスプレイは輸送機です。私たちの周りに起きる災難救助に対する可能性を示す2つのプロペラが表現するヘリコプター機能には、親近感もわいてしまいます。

 来年から、私たちの上空を日常的に飛び交うオスプレイです。