第12回

 オスプレイは、党派を超えて、米軍によって、2012年沖縄普天間基地に配備されました。

 このことは3年ほどの前の事実であり、事実であるということはもはや批評・批判を超えていると言わざるを得ない事ということです。その中でも党派を超えての配備は印象的です。それはたまたまの政治の流れによるものであったにしても、私たちにとっては、オスプレイの存在、配備を広く是認しなければならない、国民としての立場を示していると言えてしまいます。

 オスプレイの配備の是認が語っていることは、抑止力の強化の是認です。

 抑止というのは思い止まらせることで、抑止力は思い止まらせる力です。私たちの身の回りで起こる犯罪は、警察力や、法律で定められた死刑を最高とする刑罰が抑止力になっています。

 世界の平和は、各国の軍事力が持っている抑止力によって成り立っています。勢力均衡という言葉がよく使われますが、軍事力のバランスが、現実の平和の維持の基礎になっています。

 オスプレイは米軍によって配備されました。そのことが示すことは、日本の抑止力は米軍の力を借りなければ、世界の中で均衡する抑止力になっていないということになります。つまり自衛隊だけの軍事力では世界の各国、もっと具体的に言えば、紛争の火種となってしまうロシア、中国、北朝鮮と対等に渡り合えないという現実です。日・米間の軍事同盟は、抑止力を維持するために必須のこととなっていることになります。日本は憲法の前文と共に9条では、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」が記述されています。

 いわゆる平和憲法といわれるものですが、私たちの心は揺れています。平和を思い願う気持ちは確かなものですが、抑止力の強化という軍事力の充実、拡大は、平和を維持している現実そのものです。理想とする平和と、事実としての軍事力の拡大の間にある心の揺れは、私たちの持たされている永遠の課題と言えます。

 求め続ける平和についてのキーワードは抑止力であり、それを支える日・米同盟になっている現実を、私たちはまず、しっかりと受け止めなければなりません。