第13回

 オスプレイが沖縄に配備された2012年、興味深いことが起きていました。

 当時都知事であった石原慎太郎氏が、4月に、尖閣諸島3島(魚釣島、北小島、南小島)の購入計画を発表しました。半年余りをかけた地権者との交渉が合意したことによるものでしたが、そこには、漁船はもとより、公船までもが派遣された中国によるたび重なる領海侵犯がありました。それは尖閣諸島の日本の支配を脅かすもので、都知事というより、政治家としての石原氏にとっては耐えがたいものでした。港湾施設などを整備し、日本の有効支配を確かにしたいという覚悟に似たものがありました。

 結局のところ9月11日、日本政府が20億5千万円で購入することになりました。これは中国の反発を和らげて「平穏かつ安定的な維持管理」をするとした当時の民主党野田政権の決定によるものでした。しかしその反発は強く、中国国内では大きな対日批判が繰り返され、暴力的な反日デモが起きたり、日本製品の輸入や日本の出版物に制限が加えられました。9月18日には過去最多の12隻の公船が接続水域に侵入し、このうち3隻が領海侵犯をしました。日本は海上保安庁の巡視船で対応し、海上自衛隊の哨戒機で監視しました。

 この時、東京都尖閣諸島寄付金に大金が集まっていました。4月27日に始まったその募金は、5月2日に1億円、7日には2億円、国有化された9月11日までには11億円を超えるまでになっていました。

 後に都知事になる猪瀬直樹副知事の発案でしたが、私たちが国民として尖閣諸島に寄せる思い、意志が、寄付金を寄せるという具体的行動で、素直に示されました。

 スピード感をもって積み上げられた募金の様子には、いつも繰り返されるマスコミのへ理屈を超えて、国民としての共感の伴った快感すらも覚えるのでした。