第15回

 日本をめぐっての戦争状態はありません。しかし、周辺にはその可能性、火種が存在しています。

 尖閣諸島で中国の漁船、公船に対応する海上保安庁、海上自衛隊の監視は緊迫感に包まれて伝えられています。北方4島の返還をめぐっては、ロシアとの関係改善が伝えられていますが、航空自衛隊の爆撃機によるスクランブル発進は今も行われています。北朝鮮は水爆の実験をしたと発表し、事実上のミサイルの発射に対して、自衛隊はイージス艦、迎撃ミサイルを配置して、私たちの身を守ろうとしました。

 日本の抑止力は、実際に稼働しています。私たち自身も、自らの命や領土の保全に対する本能的な思いは、強い抑止力を求めています。その求めている抑止力の維持は、当然の事として軍事力の拡大に繋がっています。

 しかし、私たちが最大に求めているものは、戦争をしない事、戦争反対なのです。それは間違いのないことなのですが、実際に進んでいる軍事力の拡大の行き先は、危ういものと言えます。それは、私たちが人間として持っている、持たされている〝業〟にも似た危うさによるものと言えます。

 一般に、組織化された存在は、自然のこととして拡大の歩みを続けます。抑止力を求めて組織された軍事力も、同じように拡大して行くことになります。抑止力の行き先には、確かな意識をもった注意力が必要になっています。

 現実の問題として、私たちが求める抑止力は自衛隊だけでは足りないようです。確かにロシアはもとより、覇権主義を道連れに大国へと歩みつづける中国、瀬戸際政策を駆使して存在を誇示する北朝鮮を前にして、米軍の力を借りなければ有効な抑止力にならないのは明白と言えます。

 私たちが当然のように受け止めている戦争状態のない平和の裏付けは、抑止力という軍事力によるものであり、そこには日・米同盟が存在しています。同じ言い方を繰り返す文章になっていますが、これは、私たちが生きている現実を、しっかりと認識、再確認しなければいけないことに思えるからです。私たちは、この確かな現実の有り様を、見て見ぬふりをしているようです。