第19回

 昨年の夏の終わりから始まった国会議事堂前デモに、思わず安保闘争を思い出してしまいました。比べてみれば規模は小さく、穏やかなものでした。

 デモへの参加者は、主催者発表で約12万人、警察発表で3万3千人であるのに対し、60年安保は、主催者発表33万人、警察発表13万人でした。その穏やかさは、学生運動と今回参加した若者グループ、シールズと比べてみればわかります。安保闘争で学生たちは肉弾戦を挑みましたが、今回のデモでのシールズはヒップ・ホップを踊っていたと言われています。

 シールズは、「自由と民主主義のための学生緊急行動」の略称で、所属人員は400名を下回るようで、気にかけた人も少ないかもしれません。しかし、今はネット社会になっていて、集会の呼びかけもツイッターで行われ、実際にたびたび炎上を起こしています。

 このデモで、13人が公務執行妨害容疑で逮捕、釈放されましたが、ネット社会を考えればとても微妙なことが潜んでいると言えます。ネットでの主張は、時として権利の裏側にある義務を無視するかのように、ヒステリックにデリカシーが欠ける形で広がります。

 安全保障に関する論議は、たくさんの問題に波及して、その微妙さは政党間のパワーゲームとして展開します。ネット社会が定着する中で、シールズの活動の行方が、秘かに注目されます。

 昨年9月の国会審議に面白い現象が起きています。政府自民党が国会に上程したのは「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」であり、その総称は「平和安全法制」です。それに対しマスコミを通して私たちに伝わっているのは「安全保障関連法案」です。さらに反対者側からは「戦争法案」と言われています。

 安倍内閣の言う「平和」という言葉は、まずマスコミというフィルターによって削除されて私たちに伝えられ、「戦争法案」というまるで正反対の過激な言葉まで出ています。

 一般に私たちには、プラスの情報よりもマイナスの情報の方が入りやすくなっています。きっと防衛本能がそうさせるのでしょうが、結果として、「平和安全法制」よりも「戦争法案」の方が印象深く受け止められることになります。

 マスコミ報道は、暗い話題が多くなって、批評・批判が氾濫してしまうという宿命的なものを背負っているように思えます。

 今を、これからを生きる私たちは、ネット情報とマスコミ報道に対する注意力が必要になっています。