第20回

 安倍政権の上程した「平和安全法制」は、現在の日本の平和を支えている日米同盟による抑止力が、あまりにもアメリカに依存しているとして、自衛隊の行動の範囲を広げ、行動の強化を図ったものでした。民主党政権下で、防衛大臣としてオスプレイの沖縄配備を実現した森本敏氏は、「日米同等」を目指す同法を支持して、「イコールパートナー」という言葉を盛んに使って軍事に関する評論を続けています。

 私たちは平和な日常生活が送れているのに、なぜ軍事力の拡大に向けて、法律を変えなければいけないのか素直な疑問がわきます。反面では、いざという時に、アメリカは日本を、私たち日本人を守り切ってくれるのかという疑問も存在しています。

 私たちは、隠れたキーワードを持って生きています。そのキーワードは、独自性です。日本の、日本人の独自性です。世界の国々も、独自性を表現しながら生きています。それぞれの民族性、宗教、文化などを持ちながら歴史を刻んで、今の時を生きています。

 一方で、グローバルスタンダードという言葉があります。本来は科学技術や経済行為における世界標準を示す言葉ですが、私たちは一般に、日常生活の在り方から生き方について使用しています。

 よく考えてみると、私たちが好んで使うグローバルスタンダードはアメリカンスタンダードであることが解ります。世界の政治、経済、軍事の覇者としてのアメリカの影響はとても大きいものです。

 しかし、生き方や文化に覇者はなく、スタンダード(標準)などありません。

 21世紀になって再び湾岸戦争が起きて、中東の独裁国は「アラブの春」で形の上で民主化されました。しかしその喜びも束の間、それらは現在の大混乱、戦争状態の根本的な原因にもなってしまっています。

 グローバルスタンダード、アメリカンスタンダードが押し付けになると、戦争まで引き起こしてしまいます。

 世界を見渡せば、それぞれの国々が独自性をもって、自立を求めて生きているのが解ります。

 内政の安定している日本の場合、その独自性は、他の国から比べれば表現しやすいはずのものです。しかし、成熟した社会が持つ価値観の多様性からなのでしょうか、逆に議論の集中を妨げるように批評・批判が相次ぎ、最終的には権利意識ばかりが目立ってしまっているように思えます。